仕事が嫌になったからブロードウェイでミュージカル観てくる

Nothing is as beautiful as something that you don’t expect.

画狂人北斎

観劇日:2019年1月15日

劇場:新国立劇場

上映時間:120分(休憩なし)

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90歳でこの世を去る時に「天があと5年の間、命保つことを私に許されたなら、必ずやまさに本物といえる画工になり得たであろう」と言ったという葛飾北斎に興味を引かれ、ミュージカル「生きる」でも感銘を受けた宮本亜門演出ということで、今回の観劇を決めました。現代と江戸時代を行き来し、時に両者が交わる演出に戸惑うこともありましたが、観終わった後はズシンと心にのしかかるものが。何と言っても一番は北斎の絵の迫力。あんな恐いプロジェクションマッピングは初めて見ました。

【以下、ネタバレを含むあらすじ】

舞台の始まりは現代。美術館で企画講演を行う北斎の研究家とその後輩である凛太が登場。凛太はかつて画家を志し、賞を取ったこともあったけれど訳あって絵を描くことをやめてしまった様子。

観客が講演会の聴衆役にされてしまうのも面白かったし(最近の流行りかなと思いますが)、北斎が数理学的な理論を使い、コンパスや定規を使って計算し尽くされた絵を描いていたという説明も勉強になりました。ドビュッシーにまで影響を与えていたとは。

続いて江戸時代のシーンへ。ゴミの散らかった部屋で絵を描いている北斎と、娘のおえい。そこにろくでもない孫や、戯作者の種彦がやって来たりするのですが、正直このあたりは少し冗長な印象。

盛り上がるのは、北斎が身を隠した小布施で死体の解剖を目の当たりにするところ。ふわふわした子宮をイメージした舞台美術も美しいです。

キリシタン禁制の当時、箸に見せかけて描かれた十字架の絵や、改革後の日本を予言した見立て絵も興味深かった。

凛太が恋人を津波で亡くす回想シーンの、北斎の絵を使ったプロジェクションマッピングは本当に恐ろしくて、これは被災された方は見られないのではないかと思いました。

北斎が子どもの頃から「見られている」と恐れていた「目」に、実はありのままで受け入れられていると気づくシーンも印象的でした。宇宙の奥義、と言い表わされていましたが、シーボルト等の西洋人を通してキリスト教にも触れていた彼なりの神観なのかなと。でも、その目を描いたものとして、プロジェクションマッピングで使われた最晩年の鳳凰の絵は本当に恐ろしくて、思わず目をそらしてしまったくらいです。

いくら世間に評価されても「自分は偽物しか描けていない」と落胆し、禁書だった舶来の解剖図を見て感嘆し、本物の死体解剖を見て「そうだったのかあ!」と驚喜する北斎。本当に人の評価ではなく、自分の納得する道を邁進した人だったのだなと思いました。人目線でなく自分の価値観で生きるってどういことだろうと考えさせられる作品でした。

舞台を観た後に見つけた下のページですが、北斎がいかに苦労して「神奈川沖浪裏」にたどり着いたかがわかります。劇中にも「天才と簡単に言うな」というセリフがありました。

 

 

北斎決定版 (別冊太陽 日本のこころ)

北斎決定版 (別冊太陽 日本のこころ)